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【書評】小川哲『君が手にするはずだった黄金について』の要約と考察/認められたくて必死だったあいつを、お前は笑えるの?

『君が手にするはずだった黄金について』は、自らを振り返る機会を与えてくれる小説です。物語の主人公「僕」は作家・小川哲。本作の著者と同じ名前を持つ「僕」は、作中を生きる中で様々な人々と出会い、人々の分析を通して、自身の思考や行動に自問自答します。つまり、本書は作者である小川哲自身のエッセイなのかと最初は思いますが、どうやらそうではないらしい。しかし、作中で起きた一部の出来事や、それに対する「僕」の思考自体は、もしかしたら事実として経験した事なのかもしれないと、思わせもします。読者は、この現実と創作が入り混じる物語を読んで、自らも作中の登場人物または主人公と共鳴し、自分自身のことについても疑問を覚えるようになります。もし自分ならどう考えるか、どんな行動をするか。自分とは何者なのか、存在価値や価値観までもがぐらりと揺らぐような感覚になります。じっくりと考えさせられてしまう小説でした。「あなたの人生を円グラフで表現してください」プロローグで問われたこの問いが、最後まで心に残ってます。
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【書評】桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の要約と考察/生き抜けば大人になれたのに

物語冒頭で描かれる、少女のバラバラ遺体。その残酷な事件に向かって、一筋に物語は進んでいきます。主要登場人物は2人。2人の主人公は、貧困、虐待と、この世界を生きるには到底厳しい境遇をもちます。しかし彼らは、そんな不幸な現実と戦います。現実に打ち勝つために。生き残るために、“実弾”を手に入れようとする少女、山田なぎさ。自らを人魚と名乗り、”砂糖菓子の弾丸”を撃ち続ける少女、海野藻屑。二人の出会いから紡がれる、一月程度の物語。彼らは”砂糖菓子の弾丸”を手に、どう生きていくのでしょうか。今を生きているという事がどんなに幸せか、考えさせられる作品です。
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【書評】三浦しをん『舟を編む』の要約と考察/辞書とは、言葉の海を渡る舟だ

辞書は、言葉の海を渡る舟だ。膨大な量の言葉の数々を大海原と例え、言葉を選び取る為の“道しるべ”を舟で例える。人は、思いを誰かに届けるために無数の言葉の中から、適切な言葉を選び取る。もっとも正確に、心の内の思いを伝えるために。辞書とは、大海原のように広がる無数の言葉の中から、より心に相応しい言葉を選ぶ手掛かりとなるものだ。この物語は、そんな辞書を編纂する辞書編集部で働く人々の情熱を描いた物語です。辞書を一から編纂する大変さを、リアルな人間模様を絡めて語られます。辞書編集部で働く人々はさほど特別な人々ではありません。普通の人のように生活をし、仕事に悩み、恋をします。ただ、普通の人と異なるのは、少しだけ言葉と深く向き合っているだけ。そんな言葉に魅入られた人間の紡ぐ言葉は、どこかこだわり深く、変幻自在な生き物のように、感情豊かに感じられます。この物語を読んだ後は、言葉に対して少なからず意識するようになるでしょう。そして辞書に対しても、なんだか愛らしく感じるようになります。
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【書評】村田沙耶香『コンビニ人間』の要約と考察/”普通”とは何か

主人公である古倉恵子は、幼少期から他人とズレた子供でした。自分の意志で判断した言動は間違いだと指摘され、人のためにと思った行動は相手を困惑させます。彼女はどうしたらそれが”治る”のか見当もつかないまま、成長してしまいました。そんな時、コンビニのオープニングスタッフ募集の張り紙が目に入り…そこは、恵子を”普通”の人間にしました。普通の人間とは何か、現代社会において普通に生きるとはなにか、問いただす作品。物語の中で語られる”普通”すら、”普通”のことではないかもしれません。その答えは、あなた自身で。
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【書評】山田詠美『血も涙もある』の要約と考察/極上の“危険な関係”が行きつく先は

「私の趣味は人の夫を寝盗ることです」こんなことを言ったら、もう世間では非難轟轟でしょう。巷ではよく芸能人同士の〈不倫〉が騒がれています。そもそも〈不倫〉とは、漢字二文字では到底納まりきらない男女の愚鈍な姿態が存在します。血も涙もある人間の、滑稽さ、残酷さ。其のすべてが焙り出されるものです。本書『血も涙もある』は、そんな不倫を当事者の視点によって描いています。本書は全十章、交互に展開される当事者たちのモノローグで語られます。魅惑的な【料理】によって匂い立つ、男女の危険な関係本小説で特筆して面白いのは、男女の恋愛の官能性を引き立てる隠喩として、【料理】を用いているところです。【料理】を比喩表現として使用する場合、小説でよく見るのは、登場人物の心情表現を【料理する際の仕草】で表したり、目の前の人やものに対して、その状態を【料理のメニュー】で表したり、といったところでしょうか。しかしこの小説の【料理】の使い方は一味違います。【料理】の持つ匂い、見た目、その構成材料に至るまで、各々の【料理】の特性が複雑に絡まり合い、【料理】の持つ全てをもって"不倫"という男女の不安定な関係性を表しています。もうなんて説明したらいいのかすら分かりませんが、
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【書評】今村夏子『星の子』の要約と考察/どうしたら良いのか分からない

もしも自らの大切な人が不治の病を患っていて、それを治す治療法が見つかったとしたら、あなたはどうするのでしょうか。多くの人は、その治療法に希望を託し、大切な人を助けようとするでしょう。どんな治療法でもいい、たとえ一縷の希望であっても、出来ることは全て試すのでしょう。それが大切な人の為になるのなら。この物語の両親もそうでした。虚弱児として生まれた主人公ちひろ。両親はちひろの為に病院を駆け巡り、治療法を探します。しかし、中々治療法は見つからず、ただ日々は過ぎていきます。
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【書評】宇佐見りん『推し、燃ゆ』の要約と考察/あなたにとっての「背骨」は何ですか?

私には”推し”というものがいません。本書を手に取ったのは、”推し”がいる人々の気持ちを追体験したいと思ったからです。この本を読むことで恐らくそれは達成できました。主人公は学校にも家庭にもバイト先にも居場所がないと感じている女子高生あかり。そんな彼女の生きがいはアイドルである“推し”を“推す”こと。“推す”ことが彼女の人生の唯一の生きがいであり存在する意味でした。推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。(本文より)本書は、この衝撃的な一文から始まります。"推し"が"推せなくなる"。あかりは絶望しました。"推し"が燃えたことで、ままならないあかりの人生は更に転落を始めます。推しとは"推し"という言葉は主に、”人に薦めたいと思うほどに好感を持っている人物”に使われますが、それだけの単純な意味とも言えない気がします。広辞苑で調べてみると、「推し」は載っていませんでしたが「推す」で下記のように書かれていました。事物を上・先へ進めるように他から力をいれる(広辞苑 第六版より)主人公のあかりは、彼女自身だけで前へ進めるほど強い人間ではありません。彼女が前に進むためには、”推し”という自らの支えとなるような外的な要因が必要不可欠です。作中では"推し"を、”背骨”とも表現しています。
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【書評】伊坂幸太郎『逆ソクラテス』の要約と考察/敵は、先入観。世界をひっくり返せ!

著者は本作のことを、「デビューしてから二十年、この仕事を続けてきた一つの成果」と語っています。本書は5篇から成る短編集。小学生が主役の、子供たちが体験する世界を描いた作品です。なので小学生ならではの純粋な疑問や、ユーモアあふれた機敏が際立ちます。先入観を覆す逆ソクラテスは全編にわたり、「先入観を覆す」ことをテーマに置いています。子供のころ、大人たちが言っていることは全て正しいと思わされていた気がします。少なくとも、私はそうでした。しかし果たして本当にそうなのか、大人になったときに思い返すと、必ずしもそうではなかったようにも思います。でも、何が正しくて何が正しくないのか、子供には判断することは難しいです。ではどうするのか、その判断の指針を本書ではこう語っています。大切なのは、自分がどう思うか。何かおかしい、と思ったら、先入観を捨てて、その違和感を信じてみましょう。「僕は、そうは思わない」そう唱えてみると、"何か"が変わるかもしれません。
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【書評】梨木香歩『西の魔女が死んだ』の要約と考察/この世界を生きていくために

主人公のまいは、感受性が強く、いわゆる生きにくいタイプの子です。中学校でいじめにあい、心が深く傷ついてしまったまいは、母の勧めでひと月あまりの期間をおばあちゃんの家、――西の魔女の家で過ごすことになります。魔女の家で過ごしていく中でまいは、「魔女修行」と呼ばれるものを始めることになります。それは、日々を生きていくための術を学ぶ修行。まず、早寝早起き、食事をしっかりとる。瑞々しい空気を吸い、季節を感じる。そして、自分のことは自分で決める。魔女と過ごした自然に囲まれた規則正しい日々は、傷ついたまいの心を少しずつ溶かしていきます。魔女とはこの物語に登場する「魔女」とは、いわゆる黒い服を着て、箒で空を飛ぶイメージの魔女とは異なります。「魔女」とは、先祖から語り伝えられてきた知恵や知識を頼りに、身体を癒す草木に対する知識や荒々しい自然と共存する知恵を持ち、予想する困難をかわしたり、耐え抜く力がある人のことです。つまりは、日々を"生きていく"能力がとりわけ高い人を「魔女」と呼んでいます。"生きていく"、ということは、とても大変なことです。人間関係、将来への不安、次から次へと困難が訪れるこの世界で、どうやって生きていけばいいのか。ふとした瞬間にひとり、空虚な世界に取り残されたかのような感覚に陥ることがあるでしょう。そんな時に重要なのが、自分らしく生きていくための精神力、そして、決断する力。
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