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エッセイ

【書評】林哲夫『喫茶店文学傑作選』の要約と考察/一杯の珈琲で交わる時間

本書『喫茶店文学傑作選』は、明治から平成に至るまでの作家28名による喫茶店を舞台に書かれたエッセイや小説を纏めたアンソロジーです。喫茶店という場の時代の変遷を感じられるだけでなく、喫茶店で一杯の珈琲を頂く、ひと時の時間を豊かにしてくれる美しい作品集です。喫茶店という場喫茶店とは、様々なバックグラウンドを持つ人々が集い、それぞれの時間を交錯させる非常に稀有な場所です。人々が交錯した時、そこに物語は生まれます。同じく喫茶店にて時間を過ごした作家たちは、その物語性に惹きつけられ、本書に記されたような物語を書き残しました。そんな物語を読んでいると、まるで自らもその時代にタイムスリップし、ひと時の時間を共に共有しているような感覚にさせられます。珈琲一杯分というその濃密な味わい深い時間を、共に共有してみませんか。
ミステリ

【書評】綾辻行人『水車館の殺人』の要約と考察/追想の殺人

綾辻行人による「館」シリーズ。その第2冊目がこちら『水車館の殺人』です。本書は過去と現在を行き来する構成が特徴的な作品でした。都市の喧騒から離れた場所に位置する、水車の音が響き渡る古城のような館そこに住まうは孤独な仮面の主人と、可憐な少女静かに暮らす彼らの日々は、ある日終わりを遂げますそれは惨劇の一日その日は一年に一度、4人の訪問者が現れる日次々と起こる不可解な事件に、館は恐怖で包まれますそして現在、あの日と全く同じ日付の一年後、あの日と同じように、館には4人の訪問者が現れましたあの日と同じ、惨劇の一日が、また始まる――過去と現在の同じ日を行き来して、謎を解き明かす新本格ミステリ中世の雰囲気を持つ館を舞台に、推理を楽しみたい方に是非おすすめします
SF

【書評】村田沙耶香『生命式』の要約と考察/正常は発狂の一種でしょう?

本作は、現在の常識から少し外れた人々が登場する短編集です。本ページではその中から、表題作である『生命式』について書評しようと思います。あなたは、現在のお葬式のかたちに疑問を覚えたことはありますか?お葬式とは、故人の死を悼み、ご冥福を祈り、別れを惜しむための儀式です。故人の親族やかつてお世話になった人たちが集まり、厳かに故人の生前を思い出す為の場でもあります。私たちは、その行為に特に何も思うことは無く、伝統として繰り返します。それが故人の為を想い、【最も礼を示したかたち】であるから。しかし、もし30年後、故人を食べることが一般的な世の中になっていたとしたら、あなたはその常識についていけますか?「いやいやそんな非常識な、失礼にも程がある」そう思う人は、今一度よく考えてみてください。故人に生前とてもお世話になったのに、ただ火葬してお墓に埋めてしまうことは、果たして故人に対し、【最も礼を示したかたち】なのでしょうか?大切なことを言い忘れていました。『生命式』とは、故人を食べながら、男女が受精相手を探し、相手を見つけたら二人で式から退場してどこかで受精を行う儀式です。この儀式が表すのは、肉を食べながら故人を弔い、その死から生を生みだすということ。人間はいつか死んでしまいます。しかしその死が次の生に繋がり、その行為が永遠に紡がれていくとしたら、それは最も故人に礼を尽くし、かつ人間の原理に則した正常な行為なのではないでしょうか。『生命式』とは、命から命を生む、新しい弔いのかたちです。
純文学

【書評】シャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』の要約と考察/夢が覚めても悪夢の中

悪意に満ちた作品でした。メリキャットが創り出した美しき悪夢の世界に迷い込んだかのような、あくまでも彼女の視点で語られた物語でした。夢が覚めても悪夢の中この物語は果たして現実だったのでしょうか。メリキャットの主観でしか物語が語られないので、悪意に満ちた村人や卑しいチャールズ、美しいと云われているお城でさえ、本当にそういうものであったのか疑問に思います。メリキャットは作中お城が素晴らしい場所のように語っていますが、恐らくはそうではないですよね。本当に素晴らしいと思っていたのならば一家を毒殺していないはずです。察するに、メリキャットは家族から虐待を受けていたのではないでしょうか。ただ姉だけは優しくしてくれた。だから愛する姉を除いた全員を毒殺し、好きな人しかいない幸せな世界を創り上げた。そうして生活するうちに過去の記憶も塗り替えられ、まるで素晴らしい一家だったかのようにメリキャットは思い出すようになります。本当は幸せな一家でありたかったのでしょうね。
ミステリ

【書評】織守きょうや『花束は毒』の要約と考察/悪人は必ず罰せられるべきか

「僕」こと木瀬芳樹は、とても正義感の強い主人公です。従兄が虐められていることに気が付いたら、これ以上いじめられないように働きかけ、昔お世話になった大切な人の元に脅迫状が届いたら、自らのお金を使ってまで犯人調査を探偵に依頼します。「悪人を罰することは必ずしも人の役に立つ」「自分がして欲しいことは、相手もして欲しいことに決まっている」木瀬は、検事正である父親に倣い、悪を憎み、罪は正しく裁くを信念として行動をしています。それが絶対に正しい事なのだと信じて。それ以外の可能性があることを信じていない彼は、例外が起こったときにどういう対応をするのでしょうか。本書は、《罪を正しく裁く、という事はどんなに難しいか》考えさせられる作品です。
ミステリ

【書評】夕木春央『方舟』の要約と考察/犯人=生贄

閉ざされた地下施設で、殺人事件が起きました。前日に起きた地震の影響で出入口は塞がれ、地下水が流入し水没が間近な地下施設で。地下から脱出する方法は1つだけ、ただその方法を使うと、1人が無残な死に方をすることになります。しかし1人を生贄にすれば、他の全員が助かります。誰を生贄にするべきか、それは明らかです。緊急事態の地下施設で殺人を犯した、殺人犯を生贄にするのが妥当でしょう。地下施設が水没するまで1週間、何としても犯人を見つけ出さねばなりません。犯人=生贄です。
ミステリ

【書評】浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』の要約と考察/誰の嘘を信じますか?

『六人の嘘つきな大学生』は、新進気鋭なIT企業「スピラリンクス」の内定を貰うための就職活動が主に書かれます。「スピラリンクス」に入社すれば初任給破格の五十万円、まさに人生が「変わる」。そんな人生の分岐点に立つのは就活生、六名。この六名は五千人以上の学生たちの中から選抜された、まさに優秀な就活生です。その中から誰が選ばれるのか。どんな人が選ばれるのか。どうやって選考するべきなのか。就職活動とは、自分という人物を理想の人物という嘘で固め、その嘘が評価される場です。完璧に嘘で自らを塗り固められた人が、内定を得られます。しかし本編は、そんな就活の様子を映すだけでは終わりません。その完璧に練られた嘘が、選考中に《六通の封筒》によって破壊されます。その《六通の封筒》には、完璧であったはずの《六人全員分の過去の悪事》が、告発文として記されていたのです。告発文がその場に現れた時、完璧な人間たちはその塗り固められた嘘を無理やり剥がされてしまいます。しかしここは選考の場。冷静に嘘を重ね、時には過去を認めて誠実さを装い、彼らはひたすらに内定をつかみ取ろうとします。この作品のテーマは『嘘』嘘に嘘を重ね、内定をもらった嘘つきは誰なのでしょうか。
日常

【書評】小川哲『君が手にするはずだった黄金について』の要約と考察/認められたくて必死だったあいつを、お前は笑えるの?

『君が手にするはずだった黄金について』は、自らを振り返る機会を与えてくれる小説です。物語の主人公「僕」は作家・小川哲。本作の著者と同じ名前を持つ「僕」は、作中を生きる中で様々な人々と出会い、人々の分析を通して、自身の思考や行動に自問自答します。つまり、本書は作者である小川哲自身のエッセイなのかと最初は思いますが、どうやらそうではないらしい。しかし、作中で起きた一部の出来事や、それに対する「僕」の思考自体は、もしかしたら事実として経験した事なのかもしれないと、思わせもします。読者は、この現実と創作が入り混じる物語を読んで、自らも作中の登場人物または主人公と共鳴し、自分自身のことについても疑問を覚えるようになります。もし自分ならどう考えるか、どんな行動をするか。自分とは何者なのか、存在価値や価値観までもがぐらりと揺らぐような感覚になります。じっくりと考えさせられてしまう小説でした。「あなたの人生を円グラフで表現してください」プロローグで問われたこの問いが、最後まで心に残ってます。
ミステリ

【書評】芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』の要約と考察/悪いことをしたから悪いことが起きるとは限らないんだよ

あなたには、あの時の決断が、取り返しのつかない事態に陥った経験はありませんか?その決断自体はちょっとしたものです。「あの時それを渡さなければ」「あの時念のため最後に確認をしておけば」「あの時早めに報告すれば」「あの時見栄を張ったりしなければ」こんなことにはならなかったのに・・・。本書は、物語の中で沢山の決断が求められます。物語の主人公たちはその決断に後に後悔し、「あの時こうしておけば」と自らの行いを反省します。読者はこの物語を読んで、主人公の決断について意見を述べたくなることもあるでしょう。しかし、物語の中で起こる決断と結末は、現実に誰にでも起こり得ることです。もし自分が同じ立場に置かれたら、正しい決断が出来るのでしょうか。本書は心理的な転落を上手く表現した短編集です。日常に潜むイヤミスが好きな人におすすめします。
歴史

【書評】植松三十里『帝国ホテル建築物語』の要約と考察/帝国ホテルを巡る熱き男たちの物語

愛知県の野外博物館・明治村には、多くの明治、大正時代の建物が移設、復元されて公開されています。まるで明治時代にタイムスリップしたかのような感覚を味わいながら、四季折々の自然とどこかからか聞こえてくる汽笛の音を楽しみながら園路を進むと、最初に、石造りの重厚な建物と出会えます。それは帝国ホテル。温かい風合いの黄色いレンガの外壁と、大地にどっしりと構えるその姿、大谷石やテラコッタに彫刻された繊細な幾何学模様はかつて日本を代表したホテルとしての威厳を保ちます。現代の姿は中央玄関とロビー部分だけですが、それだけでも伝わる、このホテルには熱い歴史があります。帝国ホテルの初代支配人である林愛作、設計に関わったアメリカの巨匠フランク・ロイド・ライトと、その弟子であり将来著名な建築家となる遠藤新。帝国ホテルの建設に深く関わった男たちの物語が、本書では語られます。