【書評】雨穴『変な家 2 ~11の間取り図~』の要約と考察/家を見ると、そこに住む人間の本質が見えてくる
【書評】小川哲『君が手にするはずだった黄金について』の要約と考察/認められたくて必死だったあいつを、お前は笑えるの?
『君が手にするはずだった黄金について』は、自らを振り返る機会を与えてくれる小説です。物語の主人公「僕」は作家・小川哲。本作の著者と同じ名前を持つ「僕」は、作中を生きる中で様々な人々と出会い、人々の分析を通して、自身の思考や行動に自問自答します。つまり、本書は作者である小川哲自身のエッセイなのかと最初は思いますが、どうやらそうではないらしい。しかし、作中で起きた一部の出来事や、それに対する「僕」の思考自体は、もしかしたら事実として経験した事なのかもしれないと、思わせもします。読者は、この現実と創作が入り混じる物語を読んで、自らも作中の登場人物または主人公と共鳴し、自分自身のことについても疑問を覚えるようになります。もし自分ならどう考えるか、どんな行動をするか。自分とは何者なのか、存在価値や価値観までもがぐらりと揺らぐような感覚になります。じっくりと考えさせられてしまう小説でした。「あなたの人生を円グラフで表現してください」プロローグで問われたこの問いが、最後まで心に残ってます。
【書評】芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』の要約と考察/悪いことをしたから悪いことが起きるとは限らないんだよ
あの時の決断が、取り返しのつかない事態に陥る。その決断自体はちょっとしたもの。あの時それを渡さなければ、あの時最後に確認をしたら、あの時早めに報告しておけば、あの時見栄を張ったりしなければ、こんなことにはならなかったのに。心理的な転落を上手く表現した短編集。日常に潜むイヤミスが好きな人におすすめする。作中起こる決断と結末は、現実に誰にでも起こり得ることだろう。もし自分が同じ立場に置かれたら、正しい決断が出来るのだろうか。
【書評】植松三十里『帝国ホテル建築物語』の要約と考察/帝国ホテルを巡る熱き男たちの物語
愛知県の野外博物館・明治村には、多くの明治、大正時代の建物が移設、復元されて公開されている。まるで明治時代にタイムスリップしたかのような感覚を味わいながら、四季折々の自然とどこかからか聞こえてくる汽笛の音を楽しみながら園路を進むと、最初に、石造りの重厚な建物と出会える。それは帝国ホテル。温かい風合いの黄色いレンガの外壁と、大地にどっしりと構えるその姿、大谷石やテラコッタに彫刻された繊細な幾何学模様はかつて日本を代表したホテルとしての威厳を保つ。現代の姿は中央玄関とロビー部分だけだが、それだけでも伝わる、このホテルには熱い歴史がある。帝国ホテルの初代支配人である林愛作、設計に関わったアメリカの巨匠フランク・ロイド・ライトと、その弟子であり将来著名な建築家となる遠藤新。帝国ホテルの建設に深く関わった男たちの物語が、本書では語られる。日本人の目には西洋的に映り、西洋人の目には日本的に感じられる、世界のどこにもない魅力的なホテルを目指してつくられた帝国ホテル。支配人・林愛作は、そんなコンセプトを実現できる建築家として、フランク・ロイド・ライトを推した。その推薦の理由を語るには、まずはライトの建築の特徴を知ることが必要だろう。
【書評】雨穴『変な家 2 ~11の間取り図~』の要約と考察/家を見ると、そこに住む人間の本質が見えてくる
家を見ると、そこに住む人間の本質が見えてくる。家の間取りは、一般的にそこに住む人間が使い易いように設計される。その人の生活スタイルや習慣、好みや趣向が反映されて、間取りはつくられるのだ。しかしごくたまに、普通に生活を送るには不便な、不可解な間取りも存在する。例えば「行先のない廊下」とか――。そんな不可解な間取りを収集したのがこの本。本書は著者本人である主人公“雨穴”さんによるインタビュー形式で、不可解な間取りに隠された謎を解き明かすモキュメンタリーである。大抵のものには理由がある。“それ”がつくられた意図があるはずなのだ。その意図を読み取ったとき、そこには恐ろしい真実があった。
【書評】谷崎潤一郎『陰翳礼讃』の要約と考察/日本の美学の底には「暗がり」と「翳り」がある
陰翳とは、“薄暗い影”、”覆われて見えないところ”の意。転じて『陰翳礼讃』とは、「日本の建築空間や伝統的な物品、生活様式とは、陰翳から成り立つ美しさなのである」という主張を谷崎自身があらゆる面から見つめなおし、礼讃した評論である。日本家屋は、日本の厳しい自然から身を守るために深い庇をつくり、豊かな風景と共に生きるために、自在に外と中を入れ替える障子扉、風景を切り取る窓をつくった。その結果つくり出されたのは陰翳であり、日本人はそんな日本家屋で、陰翳と共に生きてきた。これは、西洋の建築のような、光を最大限取り込む石造りの丈夫な建物とは大きく様相が異なる。どちらかが良いというわけではなく、お互い当時の自然環境や情勢がそうさせたのだ。
【書評】東野圭吾『あなたが誰かを殺した』の要約と考察/愛する家族が奪われたのは偶然か、必然か
殺人の舞台は別荘地。別荘を所有するセレブたちによるパーティが行われたその晩、連続殺人事件が起きる。転じて舞台は別荘地近くのクラシックホテル。レストランで優雅に食事をとる若い男性は、自らを別荘地の連続殺人犯だと名乗った。しかし彼は、事件の詳細は語らず、黙秘を貫く。この殺人は無差別なのか、それともセレブ達に対する怨恨なのか。不甲斐ない警察の捜査に納得が出来ない被害者家族たちは、独自に事件の真相を解明するため、『検証会』を開く。刑事・加賀恭一郎は、ふとしたきっかけで被害者家族の一人と知り合い、『検証会』に探偵役として参加することとなった。犯人が最後に現れたクラシックホテルの会議室で、事件の全貌は紐解かれてゆく。
【書評】道尾秀介『きこえる』の要約と考察/あなたの「耳」が推理する
本書は5篇から成る短編集であり、どの作品にも音声を収録したQRコードが掲載されている。この音声は物語の「音」。登場人物たちの会話、物音。読者に語り掛けてくるこの「音」は、物語を推理するための鍵となり、真相でもある。※以下感想。未読の方はご注意下さい。文章と音声を掛け合わせた異色ミステリ本作は、文章と音声を掛け合わせた異色のミステリだ。表題作『聞こえる』は、登場人物と同じ音声を読者に聞かせることで、まるで物語の登場人物になったかのような感覚を味わえる。『にんげん玉』は、文章を読んだ時に思った物語の真相が、音声を聞く事でひっくり返った。『セミ』は、音声の遠近感を上手に利用し、一つの音声で二つの解釈を生み出した。『ハリガネムシ』も音声の絶妙なゆらぎによって結末が推理出来る仕掛けになっている。『死者の耳』は、物語の答え合わせが、音声を聞く事によって察せられるようになっていた。
【書評】村田沙耶香『殺人出産』の要約と考察/洗脳された常識で私たちは生きている
「この人がいなくなれば、私の世界は良くなるのに」そんなことを、思ったことはあるだろうか。この世界では、そんな願望を叶えることが出来る。殺人出産システム10人産めば、1人殺せる。年々人口が減少する日本では、そんな法律が施行された。それが男性でも、人工子宮を付ければ可能だ。“人間の誰しもが持つ殺人衝動”を肯定したこの世の中において、正常とは何か。これは、100年後の日本の未来。この未来に嫌悪感を持つものは多いだろう。しかし本書を読んだ後には、その常識はきっと翻る。
【書評】桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の要約と考察/生き抜けば大人になれたのに
物語冒頭で描かれる、少女のバラバラ遺体。その残酷な事件に向かって、一筋に物語は進んでいく。主要登場人物は2人。2人の主人公は、貧困、虐待と、この世界を生きるには到底厳しい境遇をもつ。しかし彼らは、そんな不幸な現実と戦う。現実に打ち勝つために。生き残るために、“実弾”を手に入れようとする少女、山田なぎさ自らを人魚と名乗り、”砂糖菓子の弾丸”を撃ち続ける少女、海野藻屑二人の出会いから紡がれる、一月程度の物語。彼らは”砂糖菓子の弾丸”を手に、どう生きていくのか。今を生きているという事がどんなに幸せか、考えさせられる作品だ。
【書評】綾辻行人『十角館の殺人』の要約と考察/その1行は事件を解決に導く
ある日、建築家 中村青司の幽霊が出ると聞きつけ、大学のミステリ研に所属する青年たちが孤島に訪れた。その孤島の名は"角島"。かつて凄惨な事件が起きた現場だ。S半島J崎沖、角島の中村青司邸、通称青屋敷が炎上、そして全焼。焼け跡から、中村青司と妻の和江、住み込みの使用人夫婦の計4人が死体で発見された。4人の死因は一様ではなく、加えて和江夫人の左手首から先は見つからなかった。青年たちは角島にある中島青司が設計した十角形の建築『十角館』に滞在し、かつて孤島で起きた事件の推理に勤しむ。彼らはお互いを著名なミステリ作家のあだ名で呼び合い、暫く孤島での生活を楽しんでいたが、やがて、一人、また一人と青年たちは殺されていく。その殺され方は、かつてこの島で起きた凄惨な事件の概要と似通っていた。また孤島での事件が起きる同時刻、元ミス研江南考明の元に、とある怪文書が届く。しかもどうやら、その怪文書はかつての孤島での噂と関係があるらしい。江南は同じくミス研のメンバーである森須と、ふとしたきっかけで出会った島田潔という青年と共に、事件の真相を探る為奔走する。果たして犯人は誰なのか、事件の動機は何か、そして
1
2