【書評】米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』の要約と考察/物語の世界に逃げ込みたい、夢想家の方々へ


夢想家のお嬢様たちが集う読書サークル「バベルの会」。夏合宿の二日前、会員の丹山吹子の屋敷で惨劇が起こる。翌年も翌々年も同日に吹子の近親者が殺害され、四年目にはさらに凄惨な事件が。優雅な「バベルの会」をめぐる邪悪な五つの事件。甘美なまでの語り口が、ともすれば暗い微笑を誘い、最後に明かされる残酷なまでの真実が、脳髄を冷たく痺れさせる。米澤流暗黒ミステリの真骨頂。

(新潮社より)

書評



書店で怪しげな装丁と優美なタイトルに惹かれ購入。





米澤穂信による暗黒ミステリ

良かった。とてもよかった。



耽美な筆致が得体のしれない恐怖をもたらし、読むものを魅了する。

恐怖といえども内容は仄めかす程度で、

だからこそ心地よい

だからこそ美しい



優雅な殺人

美しさを秘めた「死」の予兆

正常を保つ狂気

従順なメイド

夢を見る儚い羊



本書は短編5篇から成るが、それらに殆ど関連性はない。

一点、「バベルの会」という読書倶楽部の存在を除いては。


読書倶楽部「バベルの会」


そこに集うは良家の“夢想家の”お嬢様たち

会合の中で何が語られ、何が行われるのか。

その内容について、作中で深くは言及されることがない。



「バベルの会」が紡ぐ浮世離れしたような世界観。

そこに見え隠れする真実とはーー。



あなたは物語の中に逃げ込みたいと思ったことはあるだろうか。

はたまた物語の登場人物のように生きたいと思ったことはあるだろうか。


本書に登場するお嬢様たちは、皆良家のお嬢様としての顔を保って生きることを周囲から期待されている。些細な振る舞い、言動に至るまで。

しかし、彼女たちは表の顔とは異なる、内なる欲望を持っている。

自分とは異なる存在である物語の登場人物に自らを重ね合わせ、を見る。

それは現実がつらく物語に幻想を求めているのか、あるいは現実が単純すぎて、物語を生み出して楽しんでいるのか

その物語は甘美な夢か、残酷な悪夢か。




作中で「バベルの会」会長は、会員たちをこう説明している。

ただの偶然を探偵小説のように味わい、

何でもない事故にも猟奇を見出す夢見がちな少女たち。

(本文より)



現実に向き合う為に、物語を必要とする夢想家のあなたは是非、「バベルの会」に入会を。




「いつか訪れる儚い者へ」






※以下感想・考察。内容についてネタバレを含んでいます。未読の方はご注意下さい。




「バベルの会」とバベルの塔

「バベルの会」の「バベル」とは、「混乱(バラル)」を語源とする。

バベルと聞いてすぐに思い出すのはバベルの塔だろう。バベルの塔とは、旧約聖書の創世記に出てくる巨大な塔だ。人間は天高く神の領域まで塔を建設しようとして、その傲慢さから神は怒り、それまで一つに統一されていた人間の言葉を乱し、世界に混乱がもたらされた。という逸話もある。そのためバベルの塔は、人間の思い上がりに対する戒めや、実現不可能な計画の意にも用いられる。

そんなバベル=混乱を冠する倶楽部に所属するお嬢様たちは、あえて逸話に沿うならば傲慢な人間の役だろう。

物語の中で少女たちは、自らの欲望のままに物事を進めようとする。自らを物語の主人公だと信じて(実際その通りなのだが)。

しかしそれはとても傲慢なものだ。その結果、最終話では怒りを買い、バベルの会には混乱がもたらされた。

また、こうも考えられる。

少女たちはふとしたきっかけで幻想と現実とを混乱してしまう。

何故なら、少女たちが属す上流階級の傲慢なまでの歪さが、彼女たちを狂わせたからだ。つまり、彼女たちは傲慢の末に神々の怒りを買った末の混乱を表す。こちらの方が、少女たちを儚い羊と称した根拠となるか。




読み応えのある一冊、大変美味でございました。



著者紹介

著者である米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)さんについて、

1978年岐阜県出身。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)奨励賞を受賞しデビュー。2011年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、2014年『満願』で第27回山本周五郎賞を受賞。『満願』、2015年刊の『王とサーカス』はそれぞれ3つのミステリ・ランキングで1位となり、史上初の2年連続3冠を達成。また2022年には『黒牢城』で第12回山田風太郎賞、第166回直木三十五賞、第22回本格ミステリ大賞小説部門を受賞。加えて国内4大ミステリ・ランキング全てで国内部門1位となり、前年までの3冠を塗り替え史上初となるミステリ・ランキング4冠を達成した。その他の小説に『ボトルネック』『リカーシブル』『さよなら妖精』『犬はどこだ』『インシテミル』『追想五断章』『いまさら翼といわれても』等、多数の著書がある。

作風としては、今まで古典部シリーズ、小市民シリーズ、探偵小説、青春小説、殺人ゲーム等様々なジャンルを描いているが、共通するのは、いずれも"日常の謎"をテーマに身近な怖さを描いていることだ。現実にあり得そうな事で、ゾクッとした怖さを味わえる。

『儚い羊たちの祝宴』は、2007年から2008年『小説新潮』に4編掲載された。単行本化につき、加えて書き下ろしの1編が収録される。



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