村田沙耶香・著
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今から100年前、殺人は悪だった。10人産んだら、1人殺せる。命を奪う者が命を造る「殺人出産システム」によって人口を保つ日本。会社員の育子には十代で「産み人」となった姉がいた。蝉の声が響く夏、姉の10人目の出産が迫る。未来に命を繋ぐのは彼女の殺意。昨日の常識は、ある日、突然変化する。表題作他三篇。
(講談社より)
書評
本書は現代社会の倫理観の歪みをテーマにしたSFである。
表題作『殺人出産』の他、『トリプル』『清潔な結婚』『余命』の4篇で構成されている。
今回の書評では、『殺人出産』について述べていこうと思う。
「この人がいなくなれば、私の世界は良くなるのに」
そんなことを、思ったことはあるだろうか。
この世界では、そんな願望を叶えることが出来る。
殺人出産システム
10人産めば、1人殺せる。
年々人口が減少する日本では、そんな法律が施行された。
それが男性でも、人工子宮を付ければ可能だ。
“人間の誰しもが持つ殺人衝動”を肯定したこの世の中において、正常とは何か。
これは、100年後の日本の未来。
この未来に嫌悪感を持つものは多いだろう。
しかし本書を読んだ後には、その常識はきっと翻る。
※以下考察・感想。内容についてネタバレを含んでいます。未読の方はご注意下さい。
洗脳された常識で私たちは生きている
殺人は悪だ。それは常識だろう。
何故常識だと思うのか、それは恐らく、今まで生きてきた中でそう教わってきたから。
では、殺人が当たり前のこと、
そう教わってきたら、その価値観は変化するだろうか。
きっとその世の中では、殺人は常識になるのだろう。
実際に現代でも、神の名において殺人が肯定されている国もあるとか。
本書は100年後の日本。
法律で殺人が肯定され、大人の中にはまだそれに馴染めない人も居るが、若者や子供たちは既にその常識に馴染んできている。
実際形は違えど現代社会でも似たようなことは起きていて、世の中の変化は若者を中心に生活に馴染んでいく。
つまり、常識というものは、今まで受けてきた教育によって柔軟に変化するのだ。
作中ではこう語られる
私たちの脳の中にある常識や正義なんて、脳が土に戻れば消滅する。100年後、今地球上にいるほとんどのヒトの命が入れ替わるころには、過去の正常を記憶している脳は一つも存在しなくなる。古代から変わらない、ヒトという生命体が蠢いている光景の中でね。
(本文より)
この物語はフィクションだが、完全にあり得ない世界などではなく、実際に起こり得ることだ。
世界は誰にでも正しくは出来ていない
この物語の語り手は育子だが、恐らく読者の感覚に一番近いのは早紀子だろう。早紀子は殺人を肯定するこの世界をおかしいと言い、世論に反発する。しかし不思議なことに、本を読んでいくうちに、彼女こそが間違っていると感じるようになる。いや、彼女の言うことは正論なのだが、それが理解出来なくなるというべきか。
私には、この歪んだ世界に染まり切っている環の言葉こそがとても刺さった。
突然殺人が起きるという意味では、世界は昔から変わっていませんよ。より合理的になっただけです。世界はいつも残酷です。残酷さの形が変わったというだけです。私にとっては優しい世界になった。誰かにとっては残酷な世界になった。それだけです。
(本文より)
この言葉を聞いた時、何となく今の多様性の世界を思った。世の中の常識は変化するもので、その変化に苦しむ者もいれば、ああ、自分は正しいんだと肯定されるものもいる。世の中はそのように出来ている。
その時々で、新たな正しさに押しつぶされる人も居て、そうならない為には自らの常識に固執せず、変化した世界に馴染んで生きるのが一番楽で。
そうやって生きているのが語り手である育子でもある。
その生き方が正しいのかどうかは分からない。
しかし、現代に生きる殆どの人は、無意識に、その時々の常識に順応して生き永らえている、と思わせられた。
著者紹介
著者である村田沙耶香(むらた・さやか)さんについて、
1979年千葉県出身。2003年『授乳』で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞しデビュー。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年『コンビニ人間』で芥川賞受賞。同作は累計発行部数100万部を突破した。その他の小説に、『星が吸う水』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『地球星人』『生命式』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』等、多数の著書がある。
作風としては、世の中の常識を疑い、「普通」とは何か、凝り固まった価値観を揺さぶるような小説を次々と発表する。作家仲間からは「クレイジー紗耶香」と呼ばれる。
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