萩原規子・著
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舞踏会の日に渡された、亡き母の首飾り。その青い宝石は少女を女王の後継争いのまっただ中へと放り込む。自分の出生の謎に戸惑いながら父の待つ荒野の天文台に戻った彼女を、さらなる衝撃が襲う。―突然の変転にもくじけず自分の力で未来を切りひらく少女フィリエルの冒険がはじまった。胸躍る長篇ファンタジー、堂々開幕。
(第一巻「セラフィールドの少女」あらすじ 中央公論新社より)
書評
美しくも厳しいセラフィールドの地
あかがね色の乙女と黒髪の眼鏡の少年は、居場所を追われ旅に出る。
片や亡き母の首飾りを頼りに
片や異端の研究の末に
それは煌めく王宮へ、竜の住む森へ、
世界の果てまで――
この物語の主人公、フィリエルはいつでも真っ直ぐで、強い意志を持っている。
フィリエルの騎士ルーンは、ただ一人の女性を想う。
物語を通して二人は互いにその身を案じ、相手を守ろうとし続ける。
そんな2人の想いは物語を創り、世界をも救った。
多彩な世界観
『西の善き魔女』シリーズは、巻ごとに全く様相が異なる世界観を持つことが魅力の一つだ。
正統派ファンタジーからSF、学園もの、アラビアン・ナイトのテイストまで、巻を追う毎にその世界は姿を変える。
しかし著者の凄いところは、様相が変わっても一つの物語として成立させているところだ。
これだけ世界観が変わると読者は混乱するものだが、それをものともせず読者を結末まで導く著者の筆力は素晴らしい。
楽園の言葉
そして、もう一つこの物語を読み解く切り口として、「楽園の言葉」があるだろう。
「楽園の言葉」とは、作中では貴族のみが隠語として用いる禁忌の言葉だ。シンデレラ、ラプンツェル等の現実に存在する寓話の仄めかしとして用いられる。
しかし、『西の善き魔女』の物語全体を通して寓話は意味深な役割を持つ。
というのも、第二巻以降の副題には由来となる物語がある。
第二巻「秘密の花園」は言うまでもなくバーネットの『秘密の花園』。これはアメリカ児童文学の古典とまで言われる作品である。第三巻「薔薇の名前」はイタリアの作家ウンベルト・エーコによる『薔薇の名前』。これは中世の修道院で起こる「ヨハネの黙示録」をなぞる連続殺人事件を中心としたミステリだ。第四巻「世界のかなたの森」はイギリスの作家ウィリアム・モリスによる古典ファンタジー。未知の世界を求めて旅に出た若者と仲間たちによる冒険譚だ。第六巻「闇の左手」は、定期的に男性性と女性性が入れ替わる種族が暮らす星を舞台にし、対立項をテーマとしたアメリカのアーシュラ・K・グィンのSF作品。
外伝として収められている「銀の鳥プラチナの鳥」(中公文庫版第五巻)、「金の糸紡げば」(中公文庫版第七巻)、「真昼の星迷走」(中公文庫版第八巻)の三編では『グリム童話集』との親和性が図られる。
女神アストレイアが統治するこの世界では、男が頂点に立つ世界を描く寓話は野蛮で異端なものだ。
ではなぜそんな寓話を副題にしたのか。
『西の善き魔女』世界は、現実世界での寓話を、女王の統治する世界での寓話として仕立て直したものなのではないか。
そう考えると、この物語自体が寓話集のようにも感じる。
『西の善き魔女』との出会いは中学か高校の頃。
当時嵌り過ぎて、ルーンの本名ルンペルシュツルツキンは何度も口ずさんで覚えた。
青春時代の思い出となる作品。本格ファンタジーともSF作品とも言えるが、
目くるめくような圧倒的な世界観に浸りたい方に是非おすすめする。
中公文庫版と角川文庫版について
加えて、『西の善き魔女』には色んな版が存在するのでそれについても少し。
大きく中公文庫と角川文庫の版があるが、装丁が異なるだけでなく、刊行順も異なる。
個人的には中公文庫版が好きだ。
ファンタジー児童書装丁画の大御所である佐竹美保による美しい装丁画、刊行順も時系列となっており読みやすい。
そして『西の善き魔女』にはコミカライズ版もあるのだが、そちらも好き。
桃川春日子さんの絵がまた違った『西の善き魔女』を見せてくれる。
著者紹介
著者である萩原規子(おぎわら・のりこ)さんについて、
1959年東京都出身。『空色勾玉』でデビュー。2006年『風神秘抄』で小学館児童出版文化賞、産経児童出版文化賞(JR賞)、日本児童文学者協会賞受賞。その他の小説に、『RDGレッドデータガール』シリーズ『あまねく神竜住まう国』『荻原規子の源氏物語』完訳シリーズ等、多数の著書がある。
作風としては、ファンタジー色の強い児童文学を多く執筆している。
『西の善き魔女』は、月刊コミックブレイドにてコミカライズ、2006年にはアニメ化されている。
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