書評

ミステリ

【書評】雨穴『変な家 2 ~11の間取り図~』の要約と考察/家を見ると、そこに住む人間の本質が見えてくる

家を見ると、そこに住む人間の本質が見えてくる。家の間取りは、一般的にそこに住む人間が使い易いように設計されます。その人の生活スタイルや習慣、好みや趣向が反映されて、間取りはつくられるものです。しかしごくたまに、普通に生活を送るには不便な、不可解な間取りも存在します。例えば「行先のない廊下」とか――。そんな不可解な間取りを収集したのがこの本。本書は、著者本人である主人公“雨穴”さんによるインタビュー形式で、不可解な間取りに隠された謎を解き明かすモキュメンタリーです。大抵のものには理由があります。“それ”がつくられた意図があるはずなのです。その意図を読み取ったとき、そこには恐ろしい真実が浮かび上がってきます。
芸術

【書評】谷崎潤一郎『陰翳礼讃』の要約と考察/日本の美学の底には「暗がり」と「翳り」がある

陰翳とは、“薄暗い影”、”覆われて見えないところ”の意。転じて『陰翳礼讃』とは、「日本の建築空間や伝統的な物品、生活様式とは、陰翳から成り立つ美しさなのである」という主張を谷崎自身があらゆる面から見つめなおし、礼讃した評論です。日本家屋は、日本の厳しい自然から身を守るために深い庇をつくり、豊かな風景と共に生きるために、自在に外と中を入れ替える障子扉、風景を切り取る窓をつくりました。その結果つくり出されたのは【陰翳】であり、日本人はそんな日本家屋で、【陰翳】と共に生きてきました。これは、西洋の建築のような、光を最大限取り込む石造りの丈夫な建物とは大きく様相が異なります。どちらかが良いというわけではなく、お互い当時の自然環境や情勢がそうさせたのです。我々日本人の先祖は、【陰翳】とともに住むことを余儀なくされ、その結果、いつしか【陰翳】の内に美を発見しました。蠟燭の光が行燈に透けてゆらゆらと揺らめく。それが畳や焦茶の木の柱、天井に反射し、床の間の掛け軸や飾物をしっとりと映し出す。格子窓から差し込む光、木漏れ日のように室内に落ちる日の光によって、艶と煌めく陶器の器。日本の建築、物品は、全ての良さが呼応するように計算しつくされた総合芸術なのです。
ミステリ

【書評】東野圭吾『あなたが誰かを殺した』の要約と考察/愛する家族が奪われたのは偶然か、必然か

今作は東野圭吾による”加賀恭一郎シリーズ”第12作目。”加賀恭一郎シリーズ”が好きな人も、今作が初めての方も、どなたでも楽しめます。殺人の舞台は別荘地。別荘を所有するセレブたちによるパーティが行われたその晩、連続殺人事件が起きます。転じて舞台は別荘地近くのクラシックホテル。レストランで優雅に食事をとる若い男性は、自らを別荘地の連続殺人犯だと名乗っていました。しかし彼は、事件の詳細は語らず、黙秘を貫いています。この殺人は無差別なのか、それともセレブ達に対する怨恨なのか。
ミステリ

【書評】道尾秀介『きこえる』の要約と考察/あなたの「耳」が推理する

本書は5篇から成る短編集であり、どの作品にも音声を収録したQRコードが掲載されています。この音声は物語の「音」。登場人物たちの会話、物音。読者に語り掛けてくるこの「音」は、物語を推理するための鍵となり、真相でもあります。まだ見ぬ読書体験をしたい方に是非おすすめします。文章と音声を掛け合わせた異色ミステリ本作は、文章と音声を掛け合わせた異色のミステリです。表題作『聞こえる』は、登場人物と同じ音声を読者に聞かせることで、まるで物語の登場人物になったかのような感覚を味わえます。『にんげん玉』は、文章を読んだ時に思った物語の真相が、音声を聞く事でひっくり返りました。『セミ』は、音声の遠近感を上手に利用し、一つの音声で二つの解釈を生み出しました。『ハリガネムシ』も音声の絶妙なゆらぎによって結末が推理出来る仕掛けになっています。『死者の耳』は、物語の答え合わせが、音声を聞く事によって察せられるようになっていました。物語における音声の効果は、どの話もとても良く考えられていると思いました。ただ、正直な感想を述べると私には少し合いませんでした。収録されている音声を聞く事で謎が解ける、という仕掛けは面白く、全五篇それぞれ仕掛けが違う、という点も飽きさせず楽しく読めたのですが、
SF

【書評】村田沙耶香『殺人出産』の要約と考察/洗脳された常識で私たちは生きている

本書は現代社会の倫理観の歪みをテーマにしたSFです。表題作『殺人出産』の他、『トリプル』『清潔な結婚』『余命』の4篇で構成されています。今回の書評では、表題作『殺人出産』について述べていこうと思います。「この人がいなくなれば、私の世界は良くなるのに」そんなことを、思ったことはあるでしょうか。この世界では、そんな願望を叶えることが出来ます。殺人出産システム10人産めば、1人殺せる。年々人口が減少する日本では、そんな法律が施行されました。それが子供を産めない男性でも問題ありません。人工子宮を付ければ可能です。これは、100年後の日本の未来。この未来に嫌悪感を持つものは多いでしょう。しかし本書を読んだ後には、その常識はきっと翻ります。“人間の誰しもが持つ殺人衝動”を肯定したこの世の中において、正常とは何か。
日常

【書評】桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の要約と考察/生き抜けば大人になれたのに

物語冒頭で描かれる、少女のバラバラ遺体。その残酷な事件に向かって、一筋に物語は進んでいきます。主要登場人物は2人。2人の主人公は、貧困、虐待と、この世界を生きるには到底厳しい境遇をもちます。しかし彼らは、そんな不幸な現実と戦います。現実に打ち勝つために。生き残るために、“実弾”を手に入れようとする少女、山田なぎさ。自らを人魚と名乗り、”砂糖菓子の弾丸”を撃ち続ける少女、海野藻屑。二人の出会いから紡がれる、一月程度の物語。彼らは”砂糖菓子の弾丸”を手に、どう生きていくのでしょうか。今を生きているという事がどんなに幸せか、考えさせられる作品です。
ミステリ

【書評】綾辻行人『十角館の殺人』の要約と考察/その1行は事件を解決に導く

綾辻行人といえば「館」シリーズ。その第1冊目がこちら『十角館の殺人』です。本作品は国内ミステリの傑作の1つとして知られています。ある日、建築家 中村青司の幽霊が出ると聞きつけ、大学のミステリ研に所属する青年たちが孤島に訪れました。その孤島の名は"角島"。かつて凄惨な事件が起きた現場です。S半島J崎沖、角島の中村青司邸、通称青屋敷が炎上、そして全焼。焼け跡から、中村青司と妻の和江、住み込みの使用人夫婦の計4人が死体で発見された。4人の死因は一様ではなく、加えて和江夫人の左手首から先は見つからなかった。青年たちは角島にある中島青司が設計した十角形の建築『十角館』に滞在し、かつて孤島で起きた事件の推理に勤しみます。彼らはお互いを著名なミステリ作家のあだ名で呼び合い、暫く孤島での生活を楽しんでいましたが、やがて、一人、また一人と青年たちは殺されていきます。
日常

【書評】三浦しをん『舟を編む』の要約と考察/辞書とは、言葉の海を渡る舟だ

辞書は、言葉の海を渡る舟だ。膨大な量の言葉の数々を大海原と例え、言葉を選び取る為の“道しるべ”を舟で例える。人は、思いを誰かに届けるために無数の言葉の中から、適切な言葉を選び取る。もっとも正確に、心の内の思いを伝えるために。辞書とは、大海原のように広がる無数の言葉の中から、より心に相応しい言葉を選ぶ手掛かりとなるものだ。この物語は、そんな辞書を編纂する辞書編集部で働く人々の情熱を描いた物語です。辞書を一から編纂する大変さを、リアルな人間模様を絡めて語られます。辞書編集部で働く人々はさほど特別な人々ではありません。普通の人のように生活をし、仕事に悩み、恋をします。ただ、普通の人と異なるのは、少しだけ言葉と深く向き合っているだけ。そんな言葉に魅入られた人間の紡ぐ言葉は、どこかこだわり深く、変幻自在な生き物のように、感情豊かに感じられます。この物語を読んだ後は、言葉に対して少なからず意識するようになるでしょう。そして辞書に対しても、なんだか愛らしく感じるようになります。
日常

【書評】村田沙耶香『コンビニ人間』の要約と考察/”普通”とは何か

主人公である古倉恵子は、幼少期から他人とズレた子供でした。自分の意志で判断した言動は間違いだと指摘され、人のためにと思った行動は相手を困惑させます。彼女はどうしたらそれが”治る”のか見当もつかないまま、成長してしまいました。そんな時、コンビニのオープニングスタッフ募集の張り紙が目に入り…そこは、恵子を”普通”の人間にしました。普通の人間とは何か、現代社会において普通に生きるとはなにか、問いただす作品。物語の中で語られる”普通”すら、”普通”のことではないかもしれません。その答えは、あなた自身で。
ミステリ

【書評】五十嵐律人『不可逆少年』の要約と考察/殺人犯は13歳、法は彼女を裁けない

不可逆少年=可塑性の逆、やり直せない少年これは例え話ですが、もしもあなたの大切な人が殺されて、犯人が未成年であった為、無罪を宣告されたとしたら。あなたはそれを赦ゆるすことが出来るでしょうか。赦ゆるせる人はとても少ないでしょう。実際、赦ゆるせるはずがありません。殺人は事実なのに。しかし、現代の我々の生きる日本の法律では、子供という理由だけで赦ゆるされます。「子供はまだ、精神的に未熟だから」子供は成長する、多くのことを経験すればそれだけ性格だって変わる。一年後には、別人みたいになる。どれだけ反省の見込みのない少年でも、環境を変えて自分を見つめなおさせれば、「絶対にやり直せない」と言い切れる少年はいないから。本当に、そうなのでしょうか。
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