書評

ミステリ

【書評】東野圭吾『ある閉ざされた雪の山荘で』の要約と考察/全員役者、全員容疑者

物語は一通の手紙から始まります。ある「閉ざされた」雪の山荘に集められた役者たち。山荘は記録的な大雪のせいで、外に出ることも叶いません。また、雪の重みで電話線が切れ、連絡手段も交通手段もありません。役者たちは隔離された山荘に閉じ込められてしまいました。雪は依然として降り続け、救助は来ません。そんな中、最初の殺人が行われてーー―という〈設定〉の物語です。実際には閉じ込められてなどいません。手紙のなかで、まるで閉じ込められたかのように振舞えと指示されただけです。これは言うなれば舞台稽古です。殺人も起きません。―かと思っていた。
ミステリ

【書評】五十嵐律人『法廷遊戯』の要約と考察/目には目を、死には死を

むこ【無辜】《「辜」は罪の意》罪のないこと。また、その人。この物語には、いくつかの「冤罪事件」が登場します。とある人物は、事件に巻き込まれ罪を背負うことになりました。しかし彼は罪を犯していない。これは冤罪です。彼は、不当な判決に嘆き苦しみました。「どうして自分が」「何としても復讐をしたい」罪を擦り付けた本当の犯人に償わせるには、どんな罪が妥当なのでしょうか目には目を、歯には歯をこれは、世界最古の法典《ハンムラビ法典》に記された一節。
ミステリ

【書評】木爾チレン『みんな蛍を殺したかった』の要約と考察/みんな誰かを殺したいほど羨ましい。

スクールカースト最底辺のオタク女子三人と、誰もが羨む容姿を持つ美少女転校生の物語。物語は登場人物たちそれぞれの目線で進んでいき、丁寧に心情が描かれています。女子高生独特の無敵感、自分勝手に物事を捉える感じが見事に表現された作品です。ーーあなたは、誰かを殺したいほど羨んだことがあるでしょうか。登場人物のオタク女子3人は、自らの底辺な環境に絶望し、二次元の中の現実とは異なる世界に逃避するしかありません。そうすることでつらい現実から自分を守っていました。しかし、ある時自分とは全く違う、欲しいものをすべて持っている理想の人物が現れました。あなたはその人を羨まずにはいられるでしょうか。殺したいほどに、羨ましい...彼女が悪いわけではないのです。ただ、目の前に理想過ぎる人物が現れた時、存在を消さなければ”あなたの心が保てない”のです
日常

【書評】宇佐見りん『推し、燃ゆ』の要約と考察/あなたにとっての「背骨」は何ですか?

私には”推し”というものがいません。本書を手に取ったのは、”推し”がいる人々の気持ちを追体験したいと思ったからです。この本を読むことで恐らくそれは達成できました。主人公は学校にも家庭にもバイト先にも居場所がないと感じている女子高生あかり。そんな彼女の生きがいはアイドルである“推し”を“推す”こと。“推す”ことが彼女の人生の唯一の生きがいであり存在する意味でした。推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。(本文より)本書は、この衝撃的な一文から始まります。"推し"が"推せなくなる"。あかりは絶望しました。"推し"が燃えたことで、ままならないあかりの人生は更に転落を始めます。推しとは"推し"という言葉は主に、”人に薦めたいと思うほどに好感を持っている人物”に使われますが、それだけの単純な意味とも言えない気がします。広辞苑で調べてみると、「推し」は載っていませんでしたが「推す」で下記のように書かれていました。事物を上・先へ進めるように他から力をいれる(広辞苑 第六版より)主人公のあかりは、彼女自身だけで前へ進めるほど強い人間ではありません。彼女が前に進むためには、”推し”という自らの支えとなるような外的な要因が必要不可欠です。作中では"推し"を、”背骨”とも表現しています。
日常

【書評】伊坂幸太郎『逆ソクラテス』の要約と考察/敵は、先入観。世界をひっくり返せ!

著者は本作のことを、「デビューしてから二十年、この仕事を続けてきた一つの成果」と語っています。本書は5篇から成る短編集。小学生が主役の、子供たちが体験する世界を描いた作品です。なので小学生ならではの純粋な疑問や、ユーモアあふれた機敏が際立ちます。先入観を覆す逆ソクラテスは全編にわたり、「先入観を覆す」ことをテーマに置いています。子供のころ、大人たちが言っていることは全て正しいと思わされていた気がします。少なくとも、私はそうでした。しかし果たして本当にそうなのか、大人になったときに思い返すと、必ずしもそうではなかったようにも思います。でも、何が正しくて何が正しくないのか、子供には判断することは難しいです。ではどうするのか、その判断の指針を本書ではこう語っています。大切なのは、自分がどう思うか。何かおかしい、と思ったら、先入観を捨てて、その違和感を信じてみましょう。「僕は、そうは思わない」そう唱えてみると、"何か"が変わるかもしれません。
ミステリ

【書評】井上真偽『ぎんなみ商店街の事件簿 BROTHER編』の要約と考察/これからあなたが目にするのは、ある事件のひとつの側面にしかすぎません

人の数だけ真実がある物語は、かつて寺の門前町として栄えた通りに位置するぎんなみ商店街を舞台に語られます。Brother編の主人公は、ぎんなみ商店街を見下ろす坂の上のマンションに住む4兄弟。長男元太、次男福太、三男学太、四男良太。彼らの名前の由来はとある絵本にあり、登場人物のキャラクターの名前になぞらえています。また、兄弟それぞれの性格もそれに由来します。元太の「元」は元気の「元」―自分の力で誰かを元気づけられるように。福太の「福」は幸福の「福」―誰よりも幸福な人間になって、それで周りの人も幸せにするように。学太の「学」は学びの「学」―色々な人生経験を積むように。良太の「良」は良心の「良」―ずるいことはしない。困っている人を見たら助けてあげる。自分の心に恥じない生き方をするように。絵本になぞらえている理由として、兄弟の母が絵本作家だったことが関係しています。ただ、作中では既に亡くなってしまっています。兄弟は母の思いを胸に、街で度々起こる事件を解決していきます。解決する事件は殺人事件等のような重たいものではなくちょっとしたものです。ただ、兄弟は事件を解決することで、母との思い出を再確認し、家族の絆を深めていきます。ぎんなみ商店街を舞台に語られる"家族愛"Brother編は家族の人物描写がとても豊かです。特に、個性ある兄弟の得意なところを生かしながら、仲良く推理をする様子は微笑ましく感じます。
ミステリ

【書評】井上真偽『ぎんなみ商店街の事件簿 SISTER編』の要約と考察/これからあなたが目にするのは、ある事件のひとつの側面にしかすぎません

人の数だけ真実がある物語は、かつて寺の門前町として栄えた通りに位置するぎんなみ商店街を舞台に語られます。Sister編の主人公は、ぎんなみ商店街に店を構える焼き鳥屋「串真佐」を実家に持つ3姉妹。長女佐々美(ささみ)、次女都久音(つくね)、三女桃(もも)。名前から察せられるように、姉妹の名前は焼き鳥に由来があります。 姉妹は商店街の一員として、街で度々起こる事件を解決していきます。解決する事件は殺人事件等のような重たいものではなくちょっとしたものです。ただ、真相は衰退していく商店街ならではの、店主の複雑な思いが感じられるような、少し重たい結末になっています。ぎんなみ商店街を舞台に語られる"豊かな人間関係"Sister編は商店街の人々の人物描写がとても豊かです。登場人物は多いのですが、主人公自身が商店街の一員だからでしょうか、それぞれの人格が姉妹視点で丁寧に描写されており、まるで読者も商店街の一員になったかのように感じられます。小さな商店街を舞台に紡がれる複雑な人間関係。それぞれの人物の意思が、商店街に事件をもたらす。しかし、その事件は商店街を守る人々の温かい思いから生まれたものです。人の数だけ真実がある。『ぎんなみ商店街の事件簿』は、一つの事件を、それぞれの人物の視点から多面的に捉えた物語です。
ミステリ

【書評】米澤穂信『満願』の要約と考察/人間の心の闇を覗き見る

表題作である『満願』をはじめ6編から成る短編集。短編集なのですが、それぞれの物語がまるで一冊の本を読んだかのように重厚でした。本作は一貫して人間の心の闇を描いています。作中ある人は自らの信念を貫き通すために、またある人は秘密を守り切るために、もしくは心が弱すぎるがために、一線を越えてしまいます。どの物語も犯人を暴くようなミステリではありませんが、真相に近づくにつれて、読みながら感じる違和感がどろどろとした恐怖に変化します。また、題材が全て異なりトリック、結末もどれも鮮やかなため永遠に読んでいたい没入感を覚えました。上質な短編ミステリを探している方におすすめできる小説です。
日常

【書評】梨木香歩『西の魔女が死んだ』の要約と考察/この世界を生きていくために

主人公のまいは、感受性が強く、いわゆる生きにくいタイプの子です。中学校でいじめにあい、心が深く傷ついてしまったまいは、母の勧めでひと月あまりの期間をおばあちゃんの家、――西の魔女の家で過ごすことになります。魔女の家で過ごしていく中でまいは、「魔女修行」と呼ばれるものを始めることになります。それは、日々を生きていくための術を学ぶ修行。まず、早寝早起き、食事をしっかりとる。瑞々しい空気を吸い、季節を感じる。そして、自分のことは自分で決める。魔女と過ごした自然に囲まれた規則正しい日々は、傷ついたまいの心を少しずつ溶かしていきます。魔女とはこの物語に登場する「魔女」とは、いわゆる黒い服を着て、箒で空を飛ぶイメージの魔女とは異なります。「魔女」とは、先祖から語り伝えられてきた知恵や知識を頼りに、身体を癒す草木に対する知識や荒々しい自然と共存する知恵を持ち、予想する困難をかわしたり、耐え抜く力がある人のことです。つまりは、日々を"生きていく"能力がとりわけ高い人を「魔女」と呼んでいます。"生きていく"、ということは、とても大変なことです。人間関係、将来への不安、次から次へと困難が訪れるこの世界で、どうやって生きていけばいいのか。ふとした瞬間にひとり、空虚な世界に取り残されたかのような感覚に陥ることがあるでしょう。そんな時に重要なのが、自分らしく生きていくための精神力、そして、決断する力。
ミステリ

【書評】米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』の要約と考察/物語の世界に逃げ込みたい、夢想家の方々へ

米澤穂信による暗黒ミステリ。耽美な筆致が得体のしれない恐怖をもたらし、読むものを魅了します。恐怖といえども内容は仄めかす程度で、だからこそ心地よく、だからこそ美しい。本書は短編5篇から成りますが、それらに殆ど関連性はありません。一点、「バベルの会」という読書倶楽部の存在を除いては。読書倶楽部「バベルの会」あなたは物語の中に逃げ込みたいと思ったことはありますか?はたまた物語の登場人物のように生きたいと思ったことはあるでしょうか?「バベルの会」に集うのは良家の“夢想家の”お嬢様たち。会合の中で何が語られ、何が行われるのか。その内容について、作中で深く言及されることはありません。ただ本書に登場するお嬢様たちは、皆良家のお嬢様としての顔を保って生きることを周囲から期待されています。些細な振る舞い、言動に至るまで。共通するのは、彼女たちは皆、表の顔とは異なる、内なる欲望を持っています。その欲望とは、柵のある現実から解放されて、異なる人物のように生きること。それは現実がつらく物語に幻想を求めているのか。あるいは現実が単純すぎて、物語を生み出して楽しんでいるのか。作中で「バベルの会」会長は、会員たちをこう説明しています。
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