書評

SF

【書評】萩原規子『西の善き魔女④世界のかなたの森』の要約と考察/はるか南の地へ、そこは竜の住む森

闇に消えたルーンを追い、フィリエルは竜騎士団と共に竜の住む南の地へ。第一巻のセラフィールドでの舞踏会から、女学校編、王宮編から竜退治編と、壮大な物語になってきました。それでもフィリエルの想いは変わりません。闇に堕ちていくルーンを守るために彼女は行動します。そして第四巻から、散りばめられた伏線が回収されつつあります。しかし新たな謎も。竜とはなにか、女王試金石の秘密、世界の果てには何があるのか。それを知るフィーリ(賢者)とバード(吟遊詩人)とは。また、本作の闇の組織、蛇の杖(ヘルメス・トリスメギストス)の正体とは――。本編はあと1巻で完結するそうですが(残り3巻は外伝)、はたして回収出来るのでしょうか…。そして、遂にフィリエルとルーンは想いを通わせます。特にルーンの言葉、「きみはぼくが、研究第一だと思うかもしれないけれど、きみのいない世界というのは、謎を解くだけの価値もないんだよ」はフィリエルと共に私の胸にも刻み込みました。
SF

【書評】萩原規子『西の善き魔女③薔薇の名前』の要約と考察/光輝く宮殿、ハイラグリオンへ

フィリエルは自分の居場所を求め、王宮(ハイラグリオン)へ向かいます。第二巻の女学校編から一転、ついに女王候補たちの戦いが始まります。また、一巻からずっと仄めかされてきた竜の存在、光の宮殿と対照的に隠された闇の世界が顔を覗かせます。フィリエルとルーンは、どちらも相手を守るために自らの信じる道を進もうとします。時にはすれ違い、諍いになっても、それでもお互いを大切に想い行動しています。第三巻ではそれが決定打になり別れを選択してしまうのがとても切ない展開ですね。第三巻はレアンドラの存在も鍵です。第一巻ではアデイルと同じ女王候補という名前だけ、第二巻では女学校の謎のシスター・レインとして、第三巻では遂にその艶めいた魅力が姿を現します。レアンドラは、対立候補アデイルとあらゆる意味で対照的に描かれています。華やかであらゆる人(特に男性)を引き付ける鮮烈な容貌、自信家で好戦的、自らが欲しいものは全て手に入れる強い意志。しかしただ嫌な女風に描かれている訳ではなく、何故かそれも魅力の内と感じるように、美しく見える異次元さがある女性です。
SF

【書評】萩原規子『西の善き魔女②秘密の花園』の要約と考察/送り込まれたのは、乙女たちの陰謀渦巻く秘密の園

舞台は「秘密の花園」トーラス女学院へ。トーラス女学院は、表向きは全寮制の厳粛で清らかな女子修道院附属学校。しかしその内情は、一部の特権階級の乙女たちが支配する陰謀渦巻く過酷な環境でした。そんな場所に貴族の行儀作法のお勉強よろしく放り込まれたフィリエルは、女学院を牛耳る生徒会に目を付けられ、悪質な嫌がらせを受けます。生徒会に対抗すべくフィリエルは、女学校の伝統である決闘で勝負を挑むことにしましたが――。一巻の雰囲気からがらりと変わり、女学校編へ。『西の善き魔女』は、巻ごとに全く異なる世界観を楽しめるのも魅力の一つです。二巻では、今後も活躍する人物たちが沢山初登場しますが、特別見どころの一つは、フィリエルとルーンの関係の進展でしょうか。一巻ではただの幼馴染でしか過ぎなかった彼らが、二巻では仄かな恋愛感情を覚え行動を起こし始めます。また二巻ではルーンの女装姿も拝めるのですが、フィリエルがあまりにも勇敢過ぎて、この物語のヒロインはルーンなのではないかと錯覚してしまうほどです。この二人の恋愛関係は、お互いがお互いを守ろうと奮闘しているのも良いですね。次巻はハイラグリオン(王宮)編、楽しみです!
SF

【書評】萩原規子『西の善き魔女①セラフィールドの少女』の要約と考察/夜空に輝く星、最果ての塔の天文台で

この物語は王道ファンタジーです。夜空に煌めく星や月を背景に、少女フィリエルの冒険譚が描かれます。初めての舞踏会、まるでシンデレラかのような水色のガウンを着て、憧れの王子様とのダンスを楽しむ、転じて巻き込まれる女王の後継者争い、そして明かされる、平凡な田舎の少女が王家の血を引いているという心躍る設定。辺境の塔で行われる禁忌の研究。物語に紡がれる全てが乙女心くすぐります。初めてこの物語を読んだのは中学か高校の時でしたが、改めて読み返したくなった為再購入しました。そして、今再読しても思います。この物語においてルーンという存在は素晴らしいです。当時多くの少女をときめかせたのではないでしょうか。かく言う私もその一人です。『西の善き魔女』は、王道ファンタジーを思わせるその世界観が魅力ですが、それを引き立てる登場人物たちの人物描写の豊かさが本当に見事です。かの『赤毛のアン』を思わせる天真爛漫で空想が好きな主人公フィリエルの成長を追いながら、そんなフィリエルを一途に愛しつつも、禁忌と呼ばれる研究を未来のために守るルーン。アデイルも良いキャラクターです。女王候補の一人であり、儚げで可愛らしい深層の御令嬢、かと思いきや、中身は親友の為なら強い意志を持ち何でもこなす心強い人物。その他にも魅力的なキャラクターが数多く登場し、その個性が物語を形作っています。
芸術

【書評】中野京子『異形のものたち』の要約と考察/絵画のなかの「怪」を読む

本書『異形のものたち』では、尋常ならざる形態に魅入られた画家たちによる欲求を、美麗な絵画の解説とともに紹介してくれます。この世にないものに対する「見たい」という好奇心、曰く言い難い気配や雰囲気の絵画的創出、本書は、そんな「怪」を、人獣、蛇、悪魔と天使、キメラ、ただならぬ気配、妖精・魔女、魑魅魍魎のキーワードをもとに語っています。しかし、「異形」を画題にした絵画と聞くとどこか物珍しく感じるかと思いますが、古来から伝わる神話や宗教では、当然のように「異形」は登場します。そう考えると、「異形」とはそもそも物珍しいものなどではなく、人間心理の根底では情念の対象なのでしょう。古今東西異形フェチには本書を是非おすすめします。
歴史

【書評】中野京子『印象派で「近代」を読む』の要約と考察/光のモネから、ゴッホの闇へ

印象派について、どんな”イメージ”を持っているでしょうか。やわらかい色彩、まるで光を映したのかというように明るく、自在で魅力的なタッチ。多くの共通認識はこうでしょう。しかし本書を読むと、その認識は少なからず覆されます。印象派の時代印象派を語るうえで外せないもの、それは時代です。印象派は現代ではごく当たり前に受け入れられ、世界中で愛好されていますが、19世紀後半のパリではそうではありませんでした。批評家からは皮肉交じりに酷評され、一般的な認識としては嘲りの対象でした。それも、かつてのパリの絵画の常識を考えれば納得は出来ます。当時は新古典主義の考え方が浸透しており、神話や重厚な歴史をテーマに描かれていました。粗のないきめ細かな仕上げ、写実的なデッサンによる美しさ、安定した構成が重要視されていました。それは印象派が掲げる技法や構図とは正反対のものだったのです。印象派とは、穏やかなイメージとは異なる、ある種の反逆性を秘めているのです。本書『印象派で「近代」を読む』は、印象派絵画の解説とともに、その時代背景においても深く言及されています。著者は本文中でこう語っています。
ミステリ

【書評】原田マハ『楽園のカンヴァス』の要約と考察/絵を見る、ということ

もしも自らの大切な人が不治の病を患っていて、それを治す治療法が見つかったとしたら、あなたはどうするのでしょうか。多くの人は、その治療法に希望を託し、大切な人を助けようとするでしょう。どんな治療法でもいい、たとえ一縷の希望であっても、出来ることは全て試すのでしょう。それが大切な人の為になるのなら。この物語の両親もそうでした。虚弱児として生まれた主人公ちひろ。両親はちひろの為に病院を駆け巡り、治療法を探します。しかし、中々治療法は見つからず、ただ日々は過ぎていきます。
日常

【書評】今村夏子『星の子』の要約と考察/どうしたら良いのか分からない

もしも自らの大切な人が不治の病を患っていて、それを治す治療法が見つかったとしたら、あなたはどうするのでしょうか。多くの人は、その治療法に希望を託し、大切な人を助けようとするでしょう。どんな治療法でもいい、たとえ一縷の希望であっても、出来ることは全て試すのでしょう。それが大切な人の為になるのなら。この物語の両親もそうでした。虚弱児として生まれた主人公ちひろ。両親はちひろの為に病院を駆け巡り、治療法を探します。しかし、中々治療法は見つからず、ただ日々は過ぎていきます。
純文学

【書評】山尾悠子『歪み真珠』の要約と考察/それは夢か現か、荘厳美麗な幻想小説

本書は15篇から成る掌編作品集です。歪み真珠『歪み真珠』とは、芸術様式の一つ「バロック」の原義とされます。広く知られるように「バロック」とは、ルネサンス後の16世紀末〜18世紀前半にヨーロッパで流行した豪壮・華麗な芸術様式であり、転じて不条理、不整形なものの意を表します。その名を冠する本作は、圧倒的な「荘厳」。洗練された優美な文体、物語の細部に至るまで緻密に描かれた装飾は見るものすべてを魅了します。物語の一遍一遍がまるで宝石の粒のようです。しかし、その粒をふと見たとき、歪なものが紛れています。物語のそれぞれに繋がりはありません。しかし、一つの大きな世界の中の出来事としては繋がっているのでしょう。まるで澄んだ静謐な空間の中に夢を見るように迷い込み、進んでも戻っても出口がないような。しかし不思議と恐怖は無い。この世界に永遠に浸りたい、美しき宝石たちを綺麗に陳列して、唯ひたすらに愛でていたい、というような快楽すら感じます。泉鏡花文学賞を受賞した著者による珠玉の掌編作品集。煌めく夢のような世界を堪能したい方に是非。
芸術

【書評】飯島都陽子『魔女のシークレット・ガーデン』の要約と考察/自然が彼女たちを魔女にした

魔女、と聞いて、あなたはどんな人物像を想像するでしょうか。鉤鼻で黒い長衣をまとい、何やら怪しげな鍋をかき回し恐ろしい魔術を用いる、邪悪な女性でしょうか。魔女の歴史を辿ると、それは誤解だということが分かります。かつての魔女とは、薬草に長けた現在でいう薬剤師のような、民間療法士だったそうです。人々の病を治すために、今までの経験から知恵を生かし、植物を用いて薬を調合する、植物の四季の動きをはかるために、天を眺める。大切な人を守るために、賢い女たちは自然を尊び、森の樹木や草花、生き物たち、過酷な天候を観察し、彼女たちは魔女になっていきました。それは、自然が彼女たちを魔女にした。といっても過言ではありません。この「自然が彼女たちを魔女にした」という一文は、19世紀フランスの歴史家ミシュレによって書かれた『魔女』(ジュール・ミシュレ著 篠田浩一郎訳 現代思潮社)の冒頭に著されているものです。美麗な植物図鑑本書は魔女たちが用いた自然の知識が美麗なイラストとともに描かれています。また、植物の効能、魔女の歴史や物事の由来まで、まるで見習い魔女が上級魔女に直接習っているかのように、わかりやすく記述されています。
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